個人事業のまま?法人化のタイミングを見極める3つの数字
―「儲かってきたら法人化」だけでは、判断を誤ります
法人化を考えるとき、目安になる数字は所得だけではありません。判断の材料となる3つの数字と、数字には表れない検討事項を整理しました。
「そろそろ法人化したほうがいいのでしょうか」。個人事業を営まれている方から、よくいただくご質問です。
この問いに対して、「所得が800万円を超えたら」「売上が1,000万円になったら」といった数字が語られることがあります。こうした目安には一定の根拠がありますが、そのまま鵜呑みにすると判断を誤ることがあります。実際には、事業の内容、家族構成、将来の計画によって、適切なタイミングは変わってくるためです。
今回は、法人化を検討する際に見ておきたい3つの数字を整理したうえで、数字だけでは決められない部分についても触れていきます。
数字①:所得 ― 税率が逆転する水準を知る
最もよく語られるのが、この所得の水準です。個人事業主の所得には所得税が課され、その税率は所得が増えるほど段階的に上がっていく累進課税の仕組みになっています。住民税とあわせると、負担割合は所得水準によって大きく変わります。
一方、法人の所得に課される法人税等の実効税率は、所得の額にかかわらずおおむね一定の水準に収まります(中小法人については、所得のうち一定額以下の部分に軽減税率が適用される取扱いがあります)。
つまり、所得が低いうちは個人のほうが税負担は軽く、ある水準を超えると法人のほうが有利になる、という関係が生じます。この逆転が起こる水準として、所得800万円前後が目安として語られることが多いようです。
ただし、この数字だけで決めるのは危険です
この目安が独り歩きしやすいのですが、実際の比較はもう少し複雑です。法人化すると、経営者は法人から役員報酬を受け取る形になり、その報酬には給与所得控除が適用されます。この控除の効果によって、法人・個人トータルでの税負担は、単純な税率比較よりも有利に働く場合があります。
逆に、法人には赤字であっても発生する法人住民税の均等割や、社会保険料の会社負担分といったコストが加わります。これらを織り込むと、損益分岐点は事業の状況によって上下します。
ポイント: 一般に語られる目安はあくまで平均的なケースを前提としたものです。ご自身の場合にどうなるかは、実際の数字を当てはめて試算してみないと分かりません。
数字②:売上 ― 消費税の免税期間を活かせるか
2つめは、消費税に関わる売上の水準です。こちらは、税率の比較とは異なる観点からの検討になります。
消費税の納税義務は、原則として基準期間(個人事業の場合は前々年)の課税売上高が1,000万円を超えるかどうかで判定されます。したがって、個人事業として売上が1,000万円を超えると、2年後から消費税の納税義務が生じることになります。
法人化によるリセット効果
ここで重要なのが、法人を設立すると、個人事業とは別の新たな事業者として扱われるという点です。新設法人には基準期間が存在しないため、一定の要件を満たせば、設立当初の期間について消費税の納税義務が免除されます。
つまり、個人事業で売上が1,000万円を超えた後、課税事業者となる前のタイミングで法人化することにより、免税の期間を確保できる可能性があるということです。この観点から、法人化のタイミングを検討されるケースは実際に多くあります。
ただし、資本金の額が1,000万円以上である場合や、特定期間の課税売上高と給与等支払額がいずれも1,000万円を超える場合など、免除の適用を受けられないケースも定められています。また、インボイス発行事業者として登録する場合は、免税事業者であっても課税事業者となります。
取引先が課税事業者中心であればインボイス登録は避けにくく、この免税のメリットを享受できない場合もあります。ご自身の取引先の構成を踏まえた検討が必要です。
数字③:社会保険料 ― 増えるのか、減るのか
3つめは、意外と見落とされやすい社会保険料です。ここは、法人化によって負担が増える方向にも、減る方向にも働き得るため、丁寧に見ておく必要があります。
| 個人事業の場合 | 原則として国民健康保険・国民年金に加入します。国民健康保険料は前年の所得に応じて計算され、自治体ごとに上限額が設けられています。 |
|---|---|
| 法人の場合 | 代表者お一人であっても、原則として健康保険・厚生年金保険への加入義務が生じます。保険料は役員報酬の額に応じて決まり、会社負担分と個人負担分の双方が発生します。 |
負担が増えるケース
法人化により厚生年金に加入すると、国民年金だけの場合と比べて保険料の負担は大きくなるのが一般的です。役員報酬を高めに設定すれば、それに応じて保険料も増えていきます。赤字であっても発生する固定的な支出となる点は、資金繰りを考えるうえで無視できません。
負担が減る可能性があるケース
一方で、ご家族を扶養に入れられる点は見逃せません。国民健康保険には扶養という考え方がなく、世帯の人数に応じて保険料が計算されます。これに対し健康保険では、要件を満たすご家族を被扶養者とすることができ、その分の保険料は生じません。ご家族が多い場合には、法人化により負担が軽くなることも考えられます。
また、厚生年金の保険料は将来受け取る年金額に反映される仕組みですので、単なるコストではなく、将来への積立てという側面もあわせて考える必要があります。
数字に表れない検討事項も、同じくらい重要です
ここまで3つの数字を見てきましたが、実際のご相談では、税負担以外の理由で法人化を決められる方も少なくありません。
信用力と取引機会
取引先によっては、法人であることを取引の条件としている場合があります。とりわけ規模の大きい企業や、公共機関との取引においては、法人でなければ入口に立てないこともあります。事業の拡大を考えるうえで、この点が決め手になるケースは実際にあります。
金融機関からの評価
融資を検討する際、法人であることが直ちに有利になるわけではありませんが、決算書という形で財務状況を示せることは、金融機関との対話を進めやすくします。将来的に設備投資や事業拡大を計画されている場合は、早めに法人としての実績を積み始めるという考え方もあります。
責任の範囲
個人事業では、事業上の債務について事業主が無限の責任を負うことになります。法人では、原則として出資の範囲に責任が限定されるという違いがあります。もっとも、中小企業では代表者が連帯保証人となることも多く、実際の効果は限定的な場面もありますので、過度に期待しすぎない見方も必要です。
決算期を自由に決められる
個人事業では、暦年(1月から12月)で区切ることが決まっており、確定申告の時期も固定されています。法人であれば決算期を自由に設定できるため、繁忙期を避けて決算業務を行うといった調整が可能になります。
法人化のコストと、後戻りのしにくさ
法人化には、当然ながらコストも伴います。判断にあたっては、こちらも合わせて見ておく必要があります。
- 設立時の登録免許税、定款認証などの初期費用
- 赤字であっても発生する法人住民税の均等割
- 社会保険の手続きや給与計算など、事務作業の増加
- 個人事業と比べて複雑になる決算・申告の手間
そして、もうひとつ意識しておきたいのが、法人化は簡単に元へ戻せないという点です。事業がうまくいかず法人を畳む場合にも、解散・清算の手続きが必要となり、相応の時間と費用がかかります。
「とりあえず作ってみる」という性質のものではなく、数年先の見通しを立てたうえで判断したい選択だといえます。
タイミングを考えるうえでの実務的な視点
法人化することを決めた場合、次に問題になるのが「いつ」です。ここにもいくつかの考え方があります。
期の途中よりも、区切りの良いタイミングで
個人事業の所得は暦年で計算されますので、年の途中で法人化すると、その年は個人事業としての確定申告と、法人としての決算の双方が必要になります。事務負担を抑えるという観点からは、年初のタイミングを選ばれる方が多くなります。
消費税の課税事業者となる前に
前述のとおり、消費税の観点からは、個人として課税事業者になる前に法人化することで免税の期間を確保できる可能性があります。売上が1,000万円を超えた年から、実際に納税義務が生じるまでには時間差がありますので、その間に検討を進めるという考え方があります。
設備投資や大きな契約の前に
事業用の資産を個人で取得した後に法人化すると、その資産を法人へ移す際の手続きや税務上の取扱いを検討する必要が生じます。大きな投資を予定されている場合は、その前に法人化しておくほうが整理しやすい場面もあります。
いずれにしても、法人化には準備期間が必要です。「来月から」というわけにはいきませんので、検討を始める段階でご相談いただくと、選択肢を狭めずに進められます。
法人化すべきかどうか、数字で確かめませんか
「一般的にはこう言われている」ではなく、実際の売上や所得、ご家族の状況を踏まえた試算をご覧いただくことで、判断はぐっとしやすくなります。法人化した場合としなかった場合の比較から、設立のタイミング、その後の手続きまで、一貫してサポートいたします。まだ迷っている段階でのご相談も歓迎しております。
無料相談はこちら※本記事は、一般的な考え方について執筆時点の情報をもとに解説したものです。記載した目安の数値はあくまで一般論であり、実際の有利不利は事業の内容・所得の水準・家族構成などによって異なります。実際のご判断にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。

