40代・50代の経営者が意識しておきたいこと

―「やらない」という選択にも、コストがあります

守るものが増えた年代だからこそ、勢いではなく設計で挑戦したい。判断の前に整理しておきたい考え方を、数字の面から支える立場でまとめました。

「人は死の間際になると、もっと挑戦しておけばよかったと思うものだ」。こうした話を、一度は耳にしたことがあるのではないでしょうか。もとになっているのは、緩和ケアに携わった看護師の手記だと言われています。厳密な統計調査というわけではありませんが、多くの人の最期に立ち会ってきた方の実感として、うなずける部分があります。

ただ、心理学の分野では、これに近い傾向を示す研究がいくつか報告されています。後悔に関する研究では、「やってしまったこと」への後悔は時間とともに薄れやすい一方、「やらなかったこと」への後悔は時間が経つほど心に残りやすい、という傾向が指摘されています。すべての人に当てはまると言い切れるものではありませんが、示唆としては受け止める価値がありそうです。

そして、こうした問いが最も強く立ち上がるのが、40代・50代という年代です。これまで積み上げてきたものを振り返り、残された時間を意識し始める。「ミッドライフクライシス」「中年の危機」といった言葉で語られるのも、この時期の揺らぎです。

この話は、ともすると「思い切って勝負に出よう」という精神論に流れがちです。けれども、ご家族と従業員と取引先を抱えた40代・50代の経営者にとって、無防備な賭けは挑戦ではなく、ただの無計画です。

今回は、税務の現場で多くの経営者の意思決定に立ち会ってきた立場から、この年代の方に意識しておいていただきたいことを整理してみました。

POINT 01

「やらなかった後悔」は、あとから効いてくる

失敗した経験は、時間の経過とともに「あれも勉強だった」と意味づけし直すことができます。売上が伸びなかった新商品も、撤退した店舗も、振り返れば理由が見えてきますし、次の判断の材料になります。

ところが、着手しなかったことについては、意味づけの材料そのものが残りません。「あのとき動いていたらどうなっていたか」は、いつまでも答えが出ないまま残り続けます。検証のしようがないぶん、記憶のなかで理想化されていくことすらあります。

これは、行動しないことのリスクをゼロと見積もりやすい、という人間の傾向とも関係しているのかもしれません。動けば失うかもしれないものははっきり見えますが、動かないことで失うものは、そもそも目に入りません。

この年代に、迷いが集まりやすい理由

「最近、判断に迷うことが増えた」と感じておられるなら、それはご自身の資質の問題ではないかもしれません。心理学の分野では、人生の満足度が中年期にいったん下がり、その後また上がっていくという傾向が、複数の国の調査で報告されています。いわゆるミッドライフクライシスとして語られる現象です。

専門の分野ではありませんので断定はできませんが、この年代に迷いが集中するのは、ある程度まで広く見られることのようです。体力や時間の有限さを実感し始める一方で、守るべきものは最も多い時期でもあります。迷って当然の条件が揃っている、と考えたほうが実態に近いように思います。

だとすれば、必要なのは気持ちを奮い立たせることではありません。迷いの中身を分解して、判断できる形に置き換えていくことです。この記事で扱うのは、そのための道具です。

両側を並べて書き出してみる

判断に迷ったときは、動いた場合の損失だけでなく、動かなかった場合に何を失うのかも、あわせて紙に書き出してみることをおすすめします。頭の中だけで考えていると、どうしても目に見えるリスクのほうに引っ張られます。

「この設備を入れなければ、3年後に競合との差はどうなっているか」「この人を採用しなければ、自分の時間は何に使われ続けるか」。こうした問いを書き出してみると、動かないことにも確かなコストがあると分かってきます。

POINT 02

挑戦は「取り返しがつくか」で仕分ける

動かないことにもコストがある。とはいえ、だから何でも挑戦すべきだ、という話にはなりません。判断を助けるために、まず挑戦そのものを仕分けてみます。

挑戦をひとまとめに考えると、判断が止まります。まず、失敗しても元に戻せるものと、戻せないものに分けてみてください。この一手間で、迷いの多くは整理されます。

区分 取り返しがつく挑戦 取り返しがつきにくい挑戦
例 新商材を小ロットで試す/別事業を副業的に始める/資格の勉強を始める 退職金の原資を全額投じる/自宅を担保に入れる/主力事業を畳んで全面転換する
失敗したとき 撤退できる。損失は限定的で、経験だけが残る 戻る場所がない。生活や家族にまで影響が及ぶ
判断の仕方 迷ったら、やってみる 数字を詰めてから、決める

この使い分けができるだけで、動ける範囲はかなり広がります。多くの場合、経営者が「慎重にならなければ」と身構えているものの相当部分は、実は左側に分類できるものです。

不可逆に見えるものを、可逆に変えられないか

もうひとつ考えたいのが、右側のものを左側に寄せられないかという視点です。いきなり全面的に切り替えるのではなく、期間を区切って試す。設備を購入する前にリースで使ってみる。新拠点を構える前に、既存の場所で小さく実験してみる。

設計次第で、不可逆に見えた判断が可逆に変わります。「やるか、やらないか」ではなく「どうすれば小さく試せるか」と問い直すことで、選択肢が増えていきます。

POINT 03

期限のあるものから、先に手をつける

取り返しがつくかどうかで仕分けができたら、次は順番です。ここでは、時間という別の軸を足して考えます。

体力を使う挑戦、お子さんと過ごす時間、ご両親と話す時間には、期限があります。一方で、資産形成や資格取得、後進の育成は、60代から着手しても十分に間に合います。

順番を間違えると、後から取り返せない側だけが静かに失われていきます。「いつかやる」と保留にしているものが、どちら側のものなのか。一度、仕分けてみていただきたいところです。

事業にも「期限のあるもの」がある

これは事業についても同じことがいえます。たとえば、事業承継の準備は、後継者候補の年齢や、ご自身が指導できる期間との兼ね合いがあります。取引先との関係も、担当者が現役でいるうちにしか進められない話があるでしょう。

また、株価対策のように、数年単位の時間があって初めて選択肢が広がるものもあります。「まだ早い」と考えているうちに打てる手が減っていく。この構造は、税務の分野でもたびたび見かけます。

ポイント: 期限があるかどうかは、必ずしも切迫感として表れません。むしろ、急かされないものほど期限が近い、ということが起こりがちです。

POINT 04

守りを先に決めてから、攻める

ここまでは、何を、どの順番でやるかという攻めの話でした。ここからは守りの設計に移ります。

この年代の経営者は、20代・30代の頃と違って、守るべきものが増えています。だからこそ、攻めるかどうかを議論する前に、「ここだけは崩さない」という下限と、「ここまで来たら引く」という撤退ラインを、先に決めておくことが有効です。どちらも、まだ何も投じていない冷静な段階でしか決められないものです。

下限は「会社」と「家庭」の両方で引く

ご家族の生活費の何か月分か、会社の運転資金の何か月分か。その部分を事業の勝負から切り離したうえで、残りの範囲で勝負する。この設計をしておくと、うまくいかなかったときにも、次の一手を打つ体力が残ります。

実務でよく見かけるのが、会社の資金繰りは丁寧に見ているのに、ご自身とご家族の生活基盤については感覚で捉えている、というケースです。法人と個人は別の人格ですが、経営者にとっては地続きです。会社が苦しくなれば、役員報酬を下げざるを得ない場面も出てきます。

会社の運転資金として何か月分を確保するか。そして、役員報酬が一定期間止まっても家計が回るだけの備えがあるか。この2つを分けて確認しておくと、どこまで踏み込めるかの輪郭が見えてきます。必要な水準は、業種や固定費の構造、ご家族の状況によって変わりますので、一律の目安は当てはめにくいところです。

ポイント: 「挑戦しなかった後悔」より重いものがあるとすれば、それは、ご家族を巻き込んでしまった失敗の後悔ではないかと思います。

撤退ラインは、始める前に決めておく

始めてしまってから「もう少し続ければ好転するかもしれない」と考えるのは、ごく自然なことです。すでに投じた費用や時間があるほど、引き返す判断は難しくなります。だからこそ、冷静でいられる段階で線を引いておく意味があります。決めておきたいのは、次の3点です。

金額累計でいくらまで投じるか。この金額を超えたら、それ以上は追加しないと決めておきます。
期間いつまでに何が起きていなければ見直すか。「1年やってみる」ではなく、「半年後に受注が3件なければ再検討する」といった形にします。
判断する人誰が、いつ、その判断をするか。ご自身だけで決めると流されやすいため、配偶者や顧問と一緒に確認する場を設けておく方法もあります。

撤退ラインを決めることは、消極的な行為ではありません。むしろ、失う上限が見えているからこそ、思い切って踏み出せるという面があります。「最悪でもここまで」が分かっていれば、迷いながら中途半端に進めるよりも、集中して取り組めます。

POINT 05

迷いの正体は、たいてい「見えていないこと」

下限にせよ撤退ラインにせよ、決めるには数字が要ります。そして実のところ、その数字が見えていないことこそが、迷いの正体になっているように思います。

「新しいことを始めたいが、踏み切れない」というご相談をいただくことがあります。お話を伺っていくと、資金が足りないというより、いくらまでなら動かせるのかを把握できていない。そうしたケースが目立ちます。

次の4つが数字で見えているだけで、「ここまでは試せる」という線が引けます。

  • 手元の現預金 ― いま自由に動かせる資金はいくらか
  • 毎月の固定費 ― 売上が止まっても出ていく金額はいくらか
  • 借入の返済スケジュール ― 今後いつ、いくら返していくのか
  • 想定される税負担 ― 利益が出た場合、いつ、いくら納めることになるか

とりわけ見落とされやすいのが、4つめの税負担です。利益が出ればそれに対応する納税が生じますが、その資金が売掛金や在庫の形になっていて手元にない、という状況は起こり得ます。手元資金だけを見て「これだけ動かせる」と判断すると、後から納税で苦しくなることがあります。

挑戦するかどうかを決める前に、まず現在地を数字で確認する。遠回りに見えて、これがいちばん確実な一歩になることが多いように感じています。

POINT 06

新しいことを始めるときの「器」をどうするか

最後に、ここまでの考え方を実際の形にするときの話をしておきます。新規事業を始める際、既存の会社のなかで一事業として始めるか、別に法人を設けるか、という選択があります。ここは、税務や資金繰りの面でも違いが出てくる部分です。

観点 既存法人の一事業として 別法人を設けて
始めやすさ 設立の手続きや費用が不要。すぐに着手できる 設立費用と時間がかかる。事務負担も増える
損益の扱い 既存事業の利益と通算される。初期の赤字を吸収しやすい それぞれ独立して計算される。通算はできない
リスクの遮断 本業と一体。新規事業の不振が既存事業にも及ぶ 切り分けやすい。撤退の判断もしやすい面がある
撤退のしやすさ 事業を止めるだけで済む 解散・清算の手続きと費用が必要になる

取り返しのつく範囲で小さく試すという観点からは、まず既存法人のなかで始めてみて、事業として立ち上がってきた段階で分離を検討する、という進め方が取りやすい場面が多いように思います。

ただし、事業の内容によっては許認可の関係で別法人が必要な場合もありますし、出資者を迎え入れる予定がある場合など、最初から分けておいたほうがよいケースもあります。消費税の納税義務の判定にも影響し得る部分ですので、規模が大きくなりそうな場合は、事前に確認しておくと安心です。

おわりに ―「やらない」にもコストがある

冒頭の話から得られる教訓は、「リスクを取れ」ということではないように思います。むしろ、「やらない」という選択にもコストがあり、それは普段見えにくいだけだということではないでしょうか。

40代・50代は、「まだ間に合うけれど、無限には間に合わない」と気づく最初の年代かもしれません。焦って大きな賭けに出る時期というより、取り返しのつく挑戦を、数多く仕込める最後の時期。そう捉えていただくのが、ちょうどよいバランスなのではないかと考えています。

そして、その挑戦を支えるのは、精神論ではなく、現在地を示す数字です。守る下限と撤退ラインが決まっていて、動かせる金額が見えている。この状態であれば、多くの判断は思っているより軽く下せるようになります。

「動くべきか、まだ待つべきか」でお悩みの方へ

新規事業への投資、設備の入替え、事業承継の準備。判断の前に、手元資金と税負担の見通しを整理しておくだけで、選べる範囲は変わってきます。弊事務所では、決算や申告だけでなく、こうした意思決定の前段階のご相談も承っております。まずは数字を一緒に眺めて、動かせる範囲を確かめるところから。それだけでも、迷いの輪郭はずいぶん変わってくるはずです。

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※本記事は、一般的な考え方について執筆時点の情報をもとにまとめたものであり、個別の事案への適用を保証するものではありません。適切な資金の水準や事業の進め方は、業種・規模・ご家族の状況によって異なります。実際のご判断にあたっては、税理士等の専門家にご相談ください。